ボログ

若手俳優を追いかけて暮らしている

顔面レンタルシステム

「降りる」と言ったが、案の定降りられていない。
というか、ここまでボッコボコにされる前、おつむが幸せだった際に抑えていた現場だったので、降りてようが降りてまいが行かなきゃならない(よっぽど具合悪くなったら欠席しようと思ってたが)。
チケット代もったいないし、今回は友人に同行を頼んでいたから私の都合だけで「行かない」というわけにはいかなかった。


推しと浴衣とわたし

私の推しに関してはもはや「わかる人はとっくにわかってる」と思っているので、あんまりぼかしませんよ。

先日、推しのイベントがあった。
推しは「夏なので浴衣着てきてね!」と言っていて、私も愚かなので「そうか!浴衣だな!」と素直に楽天でポチった。色はおとなしいが、私的にはそこそこかわいいと思う浴衣を買った。
手元にある浴衣は中学生の時に着ていたものなので、さすがにアラサーが着るのは憚られた。最後に浴衣を着たのが13歳なので、実に10…うん年…ぶり……である。
いい歳して若干わくわくしていた。目的が「推しに会いに行く」から「浴衣を着る」になりつつあった。こういう人間が「着物BBA」と揶揄されるんだろうなと思った。


イベント当日、台風襲来
日頃の行いが悪すぎるのだろうか。私はいつもこうだ。「夕方にわか雨が降る」と予報が出ているから折り畳み傘を持って行けばポツリともこない。
逆にシーツとタオルケットと枕を干して出掛けるとバケツをひっくり返したような雨が降る。降水確率20パーくらいなのに。
私はそういう星のもとに生まれたのだと思う。イベント当日も怯えながら着替えとカッパを持って家を出たが、結局、軽く雨にあたった程度だった。

まぁそれは結果論である。前日の私は悩んだ。
悪天候の中を浴衣で行くのは死を意味するのではなかろうか。花火大会が軒並み中止になっているのに浴衣で外を出てみろ。「あの人どうしちゃったんだろう」という哀れみの視線が集中するに違いない(過度な被害妄想)。
だがせっかく楽天で買った浴衣…安物だけど…もったいない…私は喪女で友達もいないので花火大会など行くわけがない。故に、推しのイベントで着ないならもう袖を通すことはないだろう。もったいない…
悩んだ末、私は浴衣を着た。実家にいる家族に頼み、会場近くまで車で送ってもらうことにした。ハンドルを握りながら「今日は仮装大会なの?」と言ってくる家族。私が着飾る=コスプレという認識である。
いくら独身オタクの私でもおしゃれするときくらいある。舞台を観に行くとき、俳優のイベントに行くとき、同人イベントに行くとき、以上だ。


さて、そんなこんなで会場に着くと、他の参加者たちも意外と浴衣を着ていた。ひとりじゃないってステキなことね。
槍が降ろうが台風が迫ろうが、推しに「浴衣できてね!」と言われたらオタクは浴衣で来るのだ。推し諸君は自分たちの言葉の重みを把握してほしい。

イベント自体はとても楽しかった。
推しのことをあまり見ないようにしていたので、精神衛生もわりと保たれていた。トークやゲームコーナーが終わり、チェキ会に移る。
久しぶり…でもないが、推しとまともに喋るのは1ヶ月半ぶりぐらいだと思う。
プレゼントを渡して、チェキ撮って、ちょっと喋って……そうしたら、推しが私の浴衣について触れた。内容は割愛するが、要するに私が着ている浴衣の色柄をからかった。
冗談だとわかっているので笑顔で「も〜ひどいぞ!」みたいにかわしたが、内心ブチギレである。テメェが着てこいって言ったんだろうが。
まぁしかし、この色柄を選んだ私のセンス…という話だし「浴衣を着る」と決めたのも私の勝手だ。キレてはいけない。
1回目の撮影が終わり、2回目を待った(ループOK)。

2回目。推し、再び私の浴衣をからかう。
私「違うって言ってんじゃん(マジトーン)」
しかし推しには私の怒りが伝わっていないらしい。へらへらしている。なんだ君は。小学生なのか?いや、そんなこと言ったら小学生さんに失礼だ。今日日、小学生さんでもそんなからかい方はしない。だいたい、私は「推しくん浴衣似合いますね!」って言ったんだから私のことも褒めろや!返せや!社交辞令大事に!!
悲しみと怒りを胸に撮影を終え、座席に戻ってふと周りを見渡す。若くて可愛い子たちばかりだ。華やかな色の浴衣がよく似合っている。まとめた髪に刺した花の飾りもかわいい。ちゃんと「女の子」だ。
私は唐突に恥ずかしくなって、急いで荷物をまとめ、外に出た。トイレに入り勢いよく帯を解いて、普段着に着替えた。色味の少ない、暗い服。私にはそういうものがお似合いだし、着ている私も安心した。私なんかがおしゃれしようとしたのが、そもそもの間違いだったのだ。
悔しくて、虚しくて、涙が溢れた。


夜の部からやってきた友達は、浴衣やドレスではなかったが、とてもかわいらしい装いだった。小さくて、ふわふわで、私がなりたかった「女の子」を具現化したような友達。
ついてきてくれたお礼に、チェキを数枚おごった。私の推しと友達が、楽しそうにチェキを撮っている様を、少し離れた位置から眺めていた。推しと友達は、身長差もしっかりあってかわいかった。2人が時折、こちらをちらっと見て、笑っていた。何を話しているのかはよく聞こえなかったが、推しは楽しそうだった。見てて、羨ましかった。恨めしくもなった。
そんなことを考えてしまった自分が一番許せなくて、つらくて、私は俯いた。


ブランドバッグや電化製品、友達や彼氏だってレンタル出来ちゃう時代である。「自分のなりたい顔」をレンタル出来るシステムは、いつになったら現れるのだろう。
マスクをつけるみたいに、その日、その時だけでもかわいくなれたらいいのに。そうしたら、こんな惨めな思いをしなくて済むし、笑顔で推しに会いに行けるのに。